コラム・インタビュー

Translational and Regulatory Sciences

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コラム

“リバースバリュージェネレーション”創薬への挑戦

創薬ブースターの目的は、「大学や公的研究機関等の基礎研究で生み出された研究成果の実用化を加速化すること」とあり、いつかの段階で製薬会社による製品化を目指すものと理解しています。私たちが今挑戦しようとしている創薬は、それとは真逆の方向なのかもしれません。アカデミアの機能を最大限に活用する創薬という意味では同じですが、私たちにとってのシーズはすでに製薬会社で育ったアセットですので、シーズどころか、苗や幼木の方が用語としては正しいと思います。ただし、その幼木は、製薬会社の倉庫でひっそりと息をひそめているのです。

長く製薬会社で勤めてきましたので、社内の戦略の転換により中止になった多くの研究開発プログラムを見てきました。実際、2013年から2015年までの3年間の調査によりますと、Phase 2およびPhase 3の臨床試験のうち、戦略的理由により中止となったものが15%も存在するのです(Harrison RK, 2016, Nature Drug Discovery, 15, 817-818)。これらの中止アセットの多くは、その後、再開発されずに「お蔵入り」になるケースが多いと考えられます。しかしながら、それらのアセットに価値がなくなったかと言うと、決してそうではなく、再開発の道さえ作ることができれば、将来多くの困っている患者さんへ新たな治療薬として届けることができる可能性はとても高いと考えます。

その「道」のひとつとして、大分大学医学部臨床薬理学講座教授の上村尚人氏と武田薬品の元同僚と共に立ち上げたのが、HPARTham Therapeuticsです。大分大学発ベンチャーとしての指定も受け、アカデミアの機能をフルに活用する体制を整えました。画期的医薬品の開発に必要な多くの機能を複合的に集約するHP大分大学医薬品開発クラスターが大きな役割を果たします。ARTham設立時には、武田薬品で中止となっていた臨床アセットをライセンスし、国内外のアカデミアと共同でそれらのアセットの臨床開発を進めています。この際、カギとなっているのが、ドラッグリポジショニングやドラッグリパーパシングと呼ばれる創薬手法で、これは、「もともとの適用疾患とは異なる疾患で開発する」ことです。実際、ARThamのアセットは、もともと武田薬品が2型糖尿病や固形癌を対象として開発されていたものですが、現在は、自己免疫性皮膚疾患、非アルコール性脂肪性肝炎や難治性脈管奇形を対象としています。ドラッグリパーパシングを公的機関や製薬会社のコンソーシアムが牽引して実施してきた例はいくつかあります。アメリカNIHのNational Center for Advancing Translational Sciences(NCAT)が、主導する「HPDiscovering New Therapeutic Uses for Existing Molecules program」や、アステラス製薬、田辺三菱製薬、第一三共が共同で実施している「HPJOINUS®」が代表的なものとして挙げられます。ARThamが、目指すドラッグリパーパシングは、「Cast a wide net」(広い範囲に網を張る)的なアプローチでなく、国内外専門医との議論等から仮説を作り、それをアカデミア機能の中で効率的に検証するものです。この手法を小回りの利くベンチャーで具現化しようとしています。例えば、難治性脈管奇形のプログラムは、武田薬品で中止となったあるアセットが脈管奇形の治療薬として有効であるという仮説を大分大学との共同研究等から導き出しました。その後、AMED創薬支援推進事業からの補助金を得、国内外の専門医と共に開発を進めているARThamの「リバースバリュージェネレーション」モデルの典型例と言えます。

ARThamモデルを新たな創薬アプローチとして確立し、将来多くの患者さんに新たな治療オプションを提供するためには、強固な産官学連携が必要です。まずはこのような取り組みに対する理解を得ることが重要です。

令和元年11月

ARTham Therapeutics株式会社 代表取締役
大分大学医学部臨床薬理学講座クリニカル&トランスレーショナル研究室 特任教授

長袋 洋

【略歴】これまで23年間、日本とアメリカの製薬会社にて新規医薬品の研究開発に従事。2018年7月に、ARTham Therapeutics株式会社を設立。2019年4月より、大分大学医学部特任教授を兼任。

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